私は今から20年前、山口大学に入学しました。高校時代までの私は、スポーツや芸術が際立って得意なわけでもなく、将来就きたい具体的な職業もなく、これといって秀でたものは特にありませんでしたので、進路には困っていました。そんな中で、唯一「英語」だけは常に学年トップでした。平々凡々な高校生だった私は、他人よりもアドバンテージを感じることのできる分野を続けていきたいと考え、英語学習に力を入れていた山口大学への進学を決めました。
【山根先生のクラスでへし折られた鼻】
入学直後のTOEICは665点。周囲の同級生よりも高いスコアに、「英語じゃ負けないぞ」と、自己肯定感は増すばかり。今思えば少し恥ずかしいですが、その点数を引っ提げて、1年生の夏頃に山根先生の英語クラスの門を叩いたのです。しかし、そこで私は見事に鼻をへし折られることになります。 山根先生の授業の特徴は、留学生との実践的な会話セッションでした。最初のクラスのことは、今でも鮮明に覚えています。ネイティブスピーカーの英語は、それまで聞いてきたものとは聞こえ方が全く異なり、意味は理解できても、知っているはずの英語が自分の口からスムーズに出てきません。緊張で汗はダラダラ。これまで自分が培ってきた英語力が実践では全く役に立たず、「話す・聴く」と「読む・書く」は全く別のスキルなのだという現実を、肌身で痛感させられました。 1〜2年留学を経験してきた同級生たちに劣等感を抱き、壁にぶつかる時もありましたが、何とか腐ることなく、4年間山根先生の指導の元で英語学習を続けました。その結果、卒業時にはTOEICのスコアを910点まで伸ばすことができたのです。
【英語学習で開かれたキャリアパス】
卒業後に就職したのは、東京の大手旅行会社です。大学時代の英語の成績が人事の目に止まり、最初の配属はインバウンド(訪日外国人旅行)部門となり、アメリカやイスラエルなどの海外顧客との折衝や海外出張など、多くの経験を積ませてもらいました。その後は九州に戻り、IT業界やインテリア業界なども経験しましたが、一貫して海外に関わる仕事を選び続けてきました。
こうしたキャリアを通じて痛感したのは、語学を使うことはあくまで「手段」であって「目的」ではないということです。ビジネスシーンにおいて本当に問われるのは、語学力を活かして、地域社会や経済、マーケット、そして目の前の関係者にどういう具体的な「価値」を提供できるかです。単に英語が話せるという段階を超え、その先において何を成し遂げるかが重要であると強く感じています。
【地方でも世界と関われるチャンス】
2023年、私は地元である大分県に家族で移住し、現在は個人事業主として生活しています。様々な事業を行っている中で、今一番力を入れているのが「通訳ガイド・インバウンド事業」です。
現在は、毎日のように世界各国から訪れるゲストのガイディングを行っており、先日はお忍びで来日した海外の有名アーティストをガイドする機会にも恵まれました。九州各地を巡りながら日本文化を伝え、目の前のゲストに喜んでもらうこと。そして、その交流を通じて人口減少著しい地元の地域社会や経済に貢献すること。草の根的な活動ではありますが、私が提供できる価値を少しずつ積み上げていっている途上です。
昔であれば、「語学を活かす仕事」を続けるには大都市圏に行かなければならないと思っていましたし、実際そうでした。それが今、地方にも世界から多くの人々が来るようになり、地方での仕事の選択肢として増えつつあります。日本の原風景を前にして心から感動しているゲストの姿を目の当たりにし、その現場に立ち会える今の仕事に、私は大きなやりがいを感じています。
私の目標は、もっと地方でも世界と繋がることのできる人(特に若者)を地域に増やすことです。そのために、私自身の働き方やライフスタイルも含めて、SNSでは積極的に発信するように心がけています。AIが身の回りのことをほぼ提案してくれる便利な時代ですが、ガイドの現場はまだ「人」の肌感が良い仕事をする余地があります。
私の場合は、漠然とした英語との触れ合いをきっかけにキャリアを築いてきました。好きなことや興味のあることを続けていると、時には挫折したり、興味の薄れる瞬間があると思いますが、それでも継続していくことは本当に大切なのだと実感しています。
“Practice makes perfect”(継続は力なり)
このような地方での働き方や生き方が、山口大学で学ぶ後輩の皆さんや同窓生の皆様にとって、今後のキャリアの参考になれば幸いです。
大学58期(平成22年卒業)廣瀨 啓太
