建学の祖「上田 鳳陽」

 上田 鳳陽先生は、回天の雄藩「長州」にあって、「山口講堂」を興し、もって旧山口高等商業学校、
今日の山口大学経済学部の礎を築いた、建学の祖です。

「上田 鳳陽」と「経済学部」の沿革
1769年(明和 6年) ・萩藩士 宮崎猪兵衛在政の三子として生まれる。
1800年(寛政12年) ・萩の藩校、「明倫館」に入る。
1815年(文化12年) 4月、山口に学舎がなく、書籍も乏しかったので志を興し、中河原に私塾「山口講堂」
 を創設さ
れた。
1841年(天保12年) ・藩主「毛利 敬親」公が各宰判に命じ、風土記を編纂させたが、「風土注進案―山口宰判の部」
 は鳳陽先生がその任に当り、その考証精密を以って
,最も優れたものと評価された。
1845年(弘化 2年) 1月、山口講堂を「山口講習堂」と改称。
1853年(嘉永 6年) ・12月8日、85歳をもって教学に捧げられた生涯を閉じられた。
1861年(文久 元年) ・学舎を亀山の東麓(現在の県立美術館の位置)に、新築、移転。
1863年(文久 3年) ・11月、「山口明倫館」と改称。
1870年(明治 3年) ・11月、山口中学校に改称。
1886年(明治19年) ・11月、山口高等中学校に改称。
1894年(明治27年) ・9月、高等学校令が公布され、「山口高等学校」と改称。
1905年(明治38年) ・官立実業専門学校として、「山口高等商業学校」が開校され、5月8日に第一回の入学
 式が行われた。
1944年(昭和19年) ・「山口経済専門学校」と改称。
1949年(昭和24年) ・山口大学が開学、経済学部として発足。

 我々が、「上田 鳳陽先生」を「開学の祖」と仰ぐ所以である。